小さな嘘

『好きな人が出来た』


その言葉が嘘だというのは、その泣きそうな顔を見ればすぐわかった。





俺があげたネックレスをいつも付けてくれたのに、それを突き返された。


「…自分で捨てろよ」



テーブルの上に無造作に置かれたそれを処分できないでいるのは俺も一緒だ。




「実彩子に何を言ったんですか?」



別れを切り出された次の日、俺は会沢さんを呼び出した。

会社の会議室で待っていた彼は、俺がこう言ってくることはわかっていたのか落ち着いていた。




「お前が聴く耳を持たないからだ。

俺は何度も言ったよな?

お前らの関係に先はないぞ、引き返すなら今だと」




「…」




「会社がお前たちにいくらつぎ込んでるかわかってるのか?

お前自身がグループのセンターだという意識はあるのか?

ファンを裏切っている自覚は?」



「…」



「悔しかったら言い返してみろ。

お前は甘いんだよ、これからもこの世界で生きていきたいなら自分の気持ちをコントロールできるようになれ。


恋だ愛だなんて言っていいのは売れたやつか売れたくないやつだ。


お前はどうなんだ?


この世界で生きる覚悟はできてないじゃないか?


それとも宇野も道連れにするつもりか?」




「…俺はそんなつもりは」



「お前にそんなつもりはないか。


じゃぁなんでネットやBBSでもお前らの関係が消えない?

確かに昔からお前らにはカップルのまねごとをさせてきた。それは仕事だろ?


そういう疑似恋愛をお前らは本当の恋愛だと思ってるだけじゃないか?


お前と宇野は誰よりも身近にいて、お互いのいいところも悪いところも理解している。


だけどそれは恋人じゃなくても、仕事仲間じゃだめなのか?


友人だとしてもいい。


だが男女の関係はやめておけ。


会社はそれを認めることは出来ないし、今のお前らじゃぁお互い仕事に支障をきたすだけだ」




「…」




「今は別れた喪失感で苦しむだろうけど、恋愛なんてそんなもんだろ?


お前さえ良ければ女なんて誰でも選べる。


それを仕事に生かせ。お前は甘いんだよ。


お前、何のためにこの世界に入ってきたんだ?」





自分の甘さがもたらした結果なんだろうな。


俺は、この世界でまだ何も残せていない。


何のためにこの世界に入った?


俺は自分のエンターテイメントを作りたい。




実彩子にあんな顔をさせて、



あんな嘘を付かせて、



俺は…






俺は何やってんだろうな。








『…ごめん




ごめんな、実彩子』







やせ細っていく実彩子を見ていることしかできなくて、



早く、早く、




俺のことを忘れて、




元の宇野ちゃんに戻ってくれと願うことしかできない。










『好きな人が出来た』





あの日ついた小さな嘘





あれが本当になるように祈るよ。






君を心から幸せにしてくれる、守ってくれる人が現れるように。








あの日突き返されたネックレスは、


仕事で通りかかった海に放り投げた。


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