さよならの前に 後
掴んだ腕は俺が少しでも力を込めたら簡単に折れるんじゃないかと思うほど、細く頼りなかった。
あの後、どんな言葉を宇野に伝えても、
宇野は決して自分の言葉を曲げはしなかった。
『にっしーとはもう終わったの。関係ないから』
お前が頑なにそういっても、
俺には、…俺だけじゃなくて、メンバーみんなが、
そんなことは『嘘』だって気づいてる。
付き合っていることは確かに大っぴらに出来ることじゃない。
対外的にも印象が悪いし、
会社としては認められないことだろう。
だけど、
今のお前らを見ていたら、
本当にその選択でいいのかよって思っちまう。
宇野が気持ちを殺して、自分から身を引いたのは聞かなくてもわかる。
西島は、たぶん、自分から宇野を手放すなんてできないし、
そんなことしたら自分がおかしくなることがわかっていたはずだ。
現に今も、
いつ週刊誌に取られるのかマネージャーがひやひやしているほど、夜遊びしまくっている。
でも、そうしなきゃあいつは自分を保てないんだろう。
宇野が西島に甘えていて、居心地が良かったように、
あいつだって宇野に甘えていたし、唯一心が安らぐ場所だったんだ。
宇野と別れたことで、俺や秀太が止めるほど一時期は荒れていたし、今だって俺たちには見せないだけで夜な夜な遊び歩いていることを思うと仕事以外ではまともな生活していないだろうな。
どうしてこうなっちまったんだろう。
3人で会ってる頃はまだ二人ともお互いの気持ちに気づいていない感じで、ただの気の合う友人同士だった。
まぁ西島ははじめから宇野のことが気に入っていたのは傍から見れば一目瞭然だったから、
いずれそういう関係になるのは不思議じゃなかったけど。
それでも、二人とも理性が働いていたうちは友人で止まっていたんだ。
でも、俺が忙しくなって、二人で会うようになったころから割と早く、二人は付き合うようになったんだと思う。
そういう意味では俺が背中を押したようなもんだな。
要領のいい芸能人なんていくらでもいる。
一人じゃなくて、不特定多数と付き合っている奴だって、次々と食っては捨ててく奴だっているのに、
あいつらは根がまじめすぎて、いろんなことを考えすぎるんだ。
付き合った当初から会社にはバレないように、
ファンにはバレないように、
俺たちメンバーにも隠して。
常に罪悪感が付きまとう関係ではあっただろうけど、
それでも俺たちは二人の楽しそうな、幸せそうな様子にこのままうまくいけばいいななんて、
どこかそう思っていた。
『西島っいい加減にしろよ!!』
直也君や千晃みたいに底なしに飲めるわけでもないのに、
半日オフがあれば朝まで酒浸るあいつに秀太が無理やり引きずって部屋まで送っていったことも何度かあった。
『ほっといてくれよ』
たかが恋、されど恋なのだろう。
失恋の痛みは何度恋を重ねても、その人を大切に思えば思うほど深く、深く傷けてその傷を簡単には治してはくれない。
宇野の別れの理由をなんとなく理解しているからこそ、西島の目はずっと暗く沈んだままだった。
どんな言葉をかけても、
仕事のスイッチが入っていないときはまるで廃人のような生活を送っている。
『時間が解決するのを待つしかないのかな』
控室で、たまたま宇野と西島がいない時間、千晃がぽつりとつぶやいた言葉が耳に残った。
同じグループで付き合うことのリスク、本当は誰もわかっていなかったのかもしれない。
西島が荒れだして半年。
宇野も体調に変化が表れている。
会社の人間も驚いているだろう。
まさかこんなに二人のメンタルに出るなんて。
でも、俺らも人間だから、
大切なものを失ったら平静でいられない。
たぶん、二人とも気持ちを捨てられないまま、
いろんなしがらみを考えた別れだからこそ、
自分の気持ちと折り合いが付けれず、結局前に進むことができないままなんだろう。
「宇野、お前が無理して笑っても、俺らにはそれがわかるんだよ。
何年一緒にいると思ってんだよ?
なぁ本音を聞かせてくれよ」
西島に言えなくても、
誰かに吐いてしまえれば楽になれることもある。
だからどうか、心を壊してしまわないで。
俺はお前も、西島も、
あの頃のように笑っていて欲しいんだ。
『…さよならの前にちゃんと伝えたいことがあったのに、言えなかった』
お前の伝えたかった言葉、今から言いに行こう。
俺がお前をあいつのところに連れて行くからさ。
だから
『さよならの前に』をやり直そう。
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