さよならの前に 中


にっしーと別れてから、何も感じない毎日が始まった。



朝起きて、仕事の用意をして、迎えの車を待つ間、今まで見なかったテレビをつけてぼうっと過ごす。


仕事ではメンバーみんなと普通に話しているつもりなのに、にっしーとだけはうまく話せているのか自信がない。


仕事が終われば車で自宅まで送ってもらい、食事もそこそこにただ眠るだけ。


その繰り返しが気が付けば半年ほど続いた。





「宇野!」




帰りの支度をしていると、ソロ活動でも忙しい日高君がドアの外で立っていた。




「どうしたの?」


「…ちょっとこっち来い」




誰もいない場所を予め予想していたのか、日高君は迷いなく3つ先の部屋へ入っていった。





「お前、最近ちゃんと食べてんの?」




ドアを閉めるとテーブルの上に鞄を置くなり、彼はそう言った。




「えっ食べてるけど」




食べているけど、あまりおなかが空かないから周りからは少ないと驚かれてはいたけど。





「お前、最近すごく痩せたぞ」


「えっそうかな?」




確かに最近衣装さんがもっと太らないとスカートとかサイズが合わないって嘆いてたけど。


自分ではそんなに自覚がない。





「自覚ねぇのかよ。


…西島と別れたんだろ?」




「…え、あ、うん。にっしーから聞いたの?」




「あいつは何も言わねぇけど、お前ら見てたらわかるわ」





「…好きな人が出来たの」






「は?誰に?」


「私に」





「…それほんとなの?」


「ほんとだよ」






「…じゃぁなんでそんな泣きそうな顔してんだよっ」






私たちの関係にいち早く気づいたのは日高君だった。


昔から他のメンバーよりも一緒に過ごす時間が多くて、にっしーは私よりも日高君といる方が楽しいのかなって思ったこともあったほど。



だけど日高君がソロが忙しくなると、必然的ににっしーと2人になることが多くなっていった。


だから私たちが付き合ったきっかけは彼だったのかもしれない。





「…してないよ」



「してんだろ」



「してない」






「…誰に何言われたか知んねぇけど、

今のお前らは周りを見る余裕も、自分がどうなっているかもわかってねぇんだよっ」




「・・・」





「お前も西島も、何もなかったころになんか戻れねぇんだよ。


何もなかったことになんかできないんだよ。





お前誰にウソついてるの?


ファン?会社?


それとも西島?





お前の付く嘘は誰も幸せにしてないぞ。


もし誰か一人でも幸せにできるなら、


会社やファンを騙せよ。





西島を、



自分の気持ちを騙して、



そんな顔するくらいなら、



自分にだけは正直にいろよ。






この仕事してたら嘘の一つや二つ、つかなきゃならねぇ。

その一つにしろよ。


お前自身も西島も、嘘で誤魔化すなよ。




俺ら、こんな世界で信じられるのは自分たちぐらいだろ?




お前が西島を騙して、


お前自身を騙して、


お前今、どれだけ自分が不安定なのか気づいてねぇんだよ。





なぁ、お前はそれでいいの?




お前の心、それで大丈夫なのかよ。





身体に無理が来てるって気づけよっ」







今にも泣きそうな顔をした日高君が目の前にいた。


彼の言葉が胸に突き刺さる。





私は…覚悟をしていたはずなのに。






会社から言われなくても、ファンを裏切っていることは自覚していた。



でもバレなけば、大丈夫、そう言い聞かせてそばにいた。



そばにいたかった。




なかなかCDが売れなくて、結果が残せない日々。



ファンは着実に増えてきているけれどそれでもまだホールツアーが精一杯で、


その上にはどうすれば行けるのか、メンバーもスタッフも試行錯誤していた。




Twitterやネットで批判されることも多く、



疲弊していく心。




唯一AAAの宇野実彩子も、ただの宇野実彩子も晒せる人がにっしーだったから、


彼の傍ではどんな自分でもいれたから、それが居心地が良すぎて手放せなかった。




だけど、この先グループが成長していくための足枷になるのなら、



一緒に頑張ってきたメンバーや、にっしーの邪魔になるくらいなら、



私たちが終わればいい。




終わればそれで、前に進めると思っていたのに。





寂しさも、悲しさも、隣にあるはずのぬくもりがないことにも、



いつか慣れる。





今だけ、この痛みがあるのは今だけだからと言い聞かせ、





鏡に映るやせ細っていく自分を見ないふりした。





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