さよならの前に 前
『さよなら』
『さよなら』
また明日からも仕事で顔を合わすけど、
それはもう、さっきまでの関係の二人じゃない。
ただの仕事仲間。
ただのメンバー。
『逢いたいよ』
『好きだよ』
『私だけを見て』
付き合っているときも飲み込んだたくさんの言葉。
最後まで言えなかった。
「宇野から言ってほしい」
会社のミーティングルーム。
長くグループのマネージメントをしている会沢さんに頭を下げられた。
「西島はお前のことになると周りが見えなくなる。
これからだって時に、それじゃぁ困るんだ」
テーブルの下に隠した手を強く握った。
「俺以外もお前たちの関係に気づいてる。
わかってるだろ?
今ならまだ引き返せる。
グループを終わらせないでくれ」
わかっている。
この関係が明るみになれば、グループにとっても、
隆弘にとっても、
そして会社にとっても何一ついいことはないってことは。
だから、自分の気持ちを自覚しだした頃は、
にっしーと距離を取った。
だけどにっしーの方からまたその距離を縮めてきた。
逃げれば追いかけて、追いかければ逃げて。
私たちはそうすることで、お互いの気持ちを高めてしまった。
二人が付き合う決定的なことはなんだっただろう。
告白だとか、そういう甘いことは何もない。
ただ、いつの間にか二人でご飯を食べて、映画を見たり、カフェに行ったり、遊園地に行ったり。
普通のカップルみたいなデートを重ねた。
お互い忙しかったし、毎週でもなかったけれど、
それでも仕事終わりにお互いの家に行き来することは増え、
私たちはいつの間にかそういう関係を持つようになった。
この関係がバレたら駄目なことはわかっていた。
そもそも二人がこういう関係を持つことさえ、ファンも会社も許してはくれないってわかっていた。
でも、頭では何度も『止めよう』『止めなきゃ』そう思って、今日こそは終わらせようと思うのに、
顔を見た瞬間、気持ちは止まってくれないことを自覚してしまう。
『幸せだ』と感じた瞬間、後ろめたさが襲ってくる。
苦しくて、苦しくて、
でも心地よいその居場所を手放せなかった。
「頼む」
他人に言われなくてもわかっていた。
でも、止められなかった。
たくさんの人に迷惑をかけて、
メンバーにも迷惑をかけてしまう。
今まで築いてきたものを捨てるなら、
私は自分の気持ちを捨てる方を選びたい。
「…わかりました。
こんなことを言わせてしまい、すいません」
『好きな人が出来たから別れてほしい』
『それに隆弘との関係に疲れたの』
『同じグループで恋愛関係にあるのも、いろんなことに気を使ってしまう。
こういうのも私には無理だった』
『だからただの仕事仲間に戻りたい』
最後はなんていったのか覚えていない。
ただ、隆弘を、
にっしーを傷つけたのだけは覚えている。
『俺じゃ駄目だったんだな』
放心したような顔でそう言った彼が目に焼き付いて離れない。
『違う』
そう叫びたかった。
本当はそばにいたい。
隆弘の隣は私の場所であってほしい。
だけど、その言葉を飲み込んで
『ごめん』という言葉しかでなかった。
「さよなら」
「あぁ…さよなら」
最後は涙声だった。
二人はその日を境に、またただの仕事仲間へ戻ったけれど、
心はどこかに忘れたまま。
本当は『さよなら』の前にちゃんと伝えなきゃいけない言葉があったのに。
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