My wish is... 第二十話
「急にどうしたん?」
真司郎の運転で遅い夕食を食べようと彼の行きつけの韓国料理屋さんに連れてきてもらった。
地元の人で賑わった店は、変にお洒落じゃなくてちょっと家庭的な雰囲気で暖かい。
「ん、なんか思い立っちゃって」
仕事が休みになると考える時間が増えた。
千晃のこと、MISACHIAのこと、AAAのこと、そしてファンのこと。
逃げてる時間なんてない。
もうすぐそこまで千晃のことを公表する日が迫っていた。
でも、一人日本で12日をどう迎えればいいのかわからなかった。
会社から千晃の卒業コメントを求められ、それを何度も書こうとしたけれど向き合え切れない自分がいて、一行も文字は進まない。
白紙の紙を何度も見つめ、
このままじゃいけないという焦りだけが積っていく。
どうすれば抜け出せる?
どうすれば一歩進める?
そして勢いのまま航空券だけを取り、飛行機に飛び乗った。
少し自分を見つめなおそう。
それだけを思って
これから騒がしくなる日本を旅立った。
「話あるんやろ?」
運ばれてきた海鮮スンドゥブチゲとカルビタン、サンチュコッチョリを取り分ける。
私好みの刺激的な良い香り。
「じゃなきゃ、ここまでこやんやろ」
いつも迷ったときや落ち込んだとき、私が立ち止まりそうになったとき、傍にいて引っ張ってくれるのはにっしーだけど、
今はにっしーじゃなくて、
きついこともはっきり言ってくれる、甘やかさない真司郎と話がしたかった。
「…真司郎は、千晃のことを今はどう思ってる?もう、整理できた?」
唯一、初めから千晃を祝福し応援していた真司郎。
千晃の子供を抱っこしたいと優しく微笑んでいた彼を見て、いつの間にか真司郎が一番大人になっていたんだと思った。
「…私はまだ心から祝福出来てない気がする」
千晃に言葉を伝えた日、あれは心からでもあった。
でもその後いくら消しても沸き上がる不安と苛立ち、溢れてくる悲しみをないことにはできなかった。
「おめでとうって伝えたけど、言えなかった言葉がたくさんあって、ずっと胸の中がもやもやしてて。
そんな気持ちを整理するためにここに来た。
前に進むために、自分自身と向き合うために」
心の底から祝福出来ない私。
そんな気持ちを隠していい子ぶる自分、
物分かりのいいフリをする自分、
そんな自分が嫌いになって、自分自身に腹が立って。
苦しかった。
そんな私に真司郎は優しい笑みを向ける。
そんな表情も、手のかかる姉を大丈夫だよと落ち着かせようとしているようで、いつの間にか彼のほうがしっかりとした弟に成長していた。
「別にええんちゃう?
あれからまだひと月くらいや。
メンバーにもスタッフさんにもいろんな気持ちがあるんは知ってるし、俺も単純におめでたいことだって喜んだわけじゃない。
だから実彩子がいろんな気持ち隠して、物わかりのいいフリしてるんだって、悪いことやないと思う。
それとも辞めへんといてって泣くんがええの?
なんで今妊娠したん?って責めるのがいいん?
陰でそう言ってるスタッフさんがいることも知ってるし、
気持ちもわかるけど、それは個人の問題やん。
陰でそうやっていう人もいるし、面と向かって批判する人もおる。
何も言わず距離を置くのも、すべて飲み込んで傍におるのも、
どれが正解でどれが間違いとか言えやん。
ただ、それは人それぞれやし、
逆に俺は実彩子がいろんな気持ちを抑えても千晃に寄り添うのがすごいなって思う。
なかなできへんし、すごく難しいことやと思う」
真司郎がPerrierをグラスに注いで一口飲んだ。
普段から仕事以外は髪の毛がぼさぼさで、今日もそれを隠すためにニット帽をかぶっていたが、それを外し髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜた。
「みんな、いろんな思いがあるやろけど、
俺は千晃が決めた道なら応援したい。
それは今も変わらん」
こちらをまっすぐに見つめた真司郎は、出会ったころとはまるで違う、いろんな経験をして成長した彼だった。
そんな真司郎の言葉に、立ち止まっている場合じゃないと背中を押されたような気がした。
「時間は待ってくれへん。
だから、今できることをすればいい。
それがこの先に続いているんやし」
この先に続いている…。
私も、千晃も、そしてグループも、これからもまだまだずっと続いていく。
今だけに、今の苦しい気持ちだけに目を向けるべきじゃないんだ。
この先を見つめよう。
私はどうなりたい?
どんな私でありたい?
「…真司郎、ありがとう。
なんだか先に進めるヒントをもらえた気がする」
「ほんまに?なんか大したこと話してないけど(笑)
でもまぁ実彩子が元気になってくれたならよかったわ」
千晃と私、どちらもこの先を明るいもので照らせるように、
またいつものように笑いあえる日が来るように、
今私が彼女に、そしてファンに伝えるべき言葉が見つかったような気がした。
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