My wish is... 第十四話
現場の混乱はそのあともなかなか収まることはなかったが、年末に向けて、メンバーもスタッフも忙しさに拍車がかかっていた。
私が千晃と話したその翌日、もう一度メンバーで話し合う機会が巡ってきた。
「千晃、体調大丈夫?」
「うん、ありがと宇野ちゃん」
私は昨日千晃と話せたことで少し落ち着いていた。
この先、いろいろ大変なことがあるのはわかっていたが、もうあの時覚悟を決めてしまったのかもしれない。
「…宇野ちゃんはいいのかよ?
千晃が抜けたら女子一人になる。
今までの曲も全部構成からすべてやり直しだし、そもそもAAAはどうなるんだよ」
「…秀太、落ち着け。
とりあえず話を整理しよう。
まず千晃のことだ、決まっていることを千晃の口から教えてほしい」
メンバーそれぞれ、あの日からいろいろ考えていただろう。
誰もが普段の仕事疲れ以上に疲れているように見えた。
そしていらだちを隠せないのも、理解出来た。
「だっちゃん、ありがとう。
一つ、私が妊娠3か月だということ。
一つ、先日籍を入れたということ」
「えっ、結婚したの?」
「うん」
「相手は?」
「ちょ、話を聞いてからにしようぜ」
話の腰が折れそうなときは日高君がそれを修正し、千晃が話せるように戻す。
こんな時なのに、私たちはいつもと同じ、ちゃんと自分の役割を果たすんだ。
「・・・私がAAAを3月いっぱいで卒業すること」
「・・・っ」
「これが、今決まっていることです」
千晃はもう泣かなかった。
ただ覚悟を決めたのか、強い意志を感じる目をしている。
「じゃぁ質問していっていいかな」
「うん」
「妊娠に気付いたのは?」
「11月頃。体調が悪くて、おかしいなと思って病院に行ったの。
そこで妊娠していることが分かった」
「産もうって決めたのは?」
「間違いかもしれない、そう思った。
でも、エコー写真にうっすら映った影を見た瞬間、産むという選択肢しかなかったんだよ」
「…産んだら、ちょっと休んで復帰するとかは考えなかったのかよ」
「考えたよ。
でも、
生活のほとんどをAAAを中心に今までのように考えて生きることは出来ない。
育児もして、AAAもしてなんて、そんな中途半端なことはできないよ。
それに、生まれてくるこの子をちゃんと自分の手で育てたい。
だから、
AAAを卒業することにしたの」
「・・・卒業だぞ?
もう戻れないんぞ」
「…うん、わかってる。
みんなにたくさん迷惑をかけてることもわかってる。
でも、もう決めたの。
私は、みんなと別の道を行きます。
ほんとに、
ほんとうに、
ごめっ…っっん…なさ...い。
今まで
ありがとうっ
本当にありがとうっ」
千晃が机に頭をこすりつけるように下げた。
机の下で握りしめられた手は耐えるように小さく震えていた。
「千晃、もういいよ。もう、頭あげてや」
「おなかの子に響くよ。
ほら、顔色も悪いし、ちょっと外の空気吸ってきなよ」
「千晃、ほら、いこっ」
涙を堪えようとしていた千晃の目から、いくつもの涙がぽたぽたと流れ落ちた。
以前よりも痩せた小さな肩は小刻みに震えていたが、それでもしっかりと自分の足で立ち、部屋を出る際みんなに深く頭を下げた。
私が千晃を連れて部屋を出ると、千晃のマネージャが待っていた。
彼女に千晃を任せ、私は部屋に戻る。
ここからは残りのメンバーで話すことがたくさんある。
これからAAAはどうなるのだろう。
不安が
消しても消しても沸き上がってくる。
でも、
私は進むと決めたんだ。
まだ私は旅の途中。
まだ終わりじゃない。
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