My wish is... 第十話
あの後どうやって家に帰ったのかわからない。
ただ気が付いたら自分の家のソファに座っていた。
時計を見ると夜の11時。
明かりもつけず、何時間も座っていたようだ。
帰ってきたときのままなのだろう。
床に無造作に置かれた鞄を見ると携帯が着信を告げているのに気づいた。
無意識に通話ボタンを押す。
『よかった、やっと出た』
相手のほっとするような声が聞こえた。
「にっしー?」
『何度かけても出ないから心配してた』
「…ごめん気づかなかった」
『…大丈夫か?』
何がとは聞けなかった。
それはお互い、わかっていたから。
「…なんか、頭が追い付かなくて」
『うん』
「夢を見てるみたいで」
『うん』
「目が覚めたら、今日のことは夢だったとかじゃないかな」
『…俺もそう思いたいよ』
「・・・っ」
『みんな、混乱してる。俺も、信じられない』
「…ここ最近、千晃様子がおかしかった」
『そうだな』
「妊娠してたんだね」
『あぁ』
「千晃、辞めるの?」
『・・・』
「なんで?産んだら戻ってきたらいいのにっ」
『・・・それはみんな思ってるよ』
「じゃぁ」
『でもそれは千晃が決めることだろ?』
「にっしーは平気なの!?」
『平気なわけないっ!!だけどっ、千晃は千晃なりに考えて出した結論なんだろっ!?』
「なんで、…私たちに相談もなく?」
『相談できなかったんだろっ』
「…相談できないよね、だって私千晃にやめてほしくない。
相談されたら絶対引き留めた」
『・・・千晃が何を考えてそういう結論になったのかはわかんねぇけど、みんな納得はしてないさ』
「でも、千晃の考えを聞いても私納得できるのかな、っ7人でAAAなんだよ?
ずっと7人で頑張ってきたじゃん。
ストリートからずっと。誰にも見向きもされない苦しい時も、ヒット曲が出なくて苦しんでた時も、ずっとずっと一緒に頑張ってきたんだよ?」
『・・・俺だってっ、っ俺だってずっと7人で頑張っていきたいと思ってるよ!!!
でも、今日千晃が言ったことは…
嘘だって、冗談だって思いたいよ』
いつの間にか床に座り込んでいた。
携帯を握りしめて、そこに千晃がいるわけでもないのに私は自分の気持ちをぶつけてしまいたかった。
相手がにっしーだからかもしれない。
そんなこと本人には言えない。ほかのメンバーにも言えない。
ただにっしーだから、感情のまま泣き叫んでしまう。
電話越しににっしーが泣いている。
さみしくて、つらくて、混乱しているのは私だけじゃない。
でも、涙が止まらない。
言葉が止まらない。
なんで?
なんで?
心が痛いよ。
行かないでよ。
まだ途中だよ。
まだAAAは上に行けるんだよ。
なんで?
なんで?
さみしいよ。
苦しいよ。
私たちは7人じゃなきゃだめなのに。
まだ7人でやれることがあるはずなのに。
千晃は言うべきことを言ったあと、入ってきたときとはまるで別人のようにきつく唇を結び、まっすぐに私たちを見た。
彼女の意思は固いのだ。
その表情を見て誰も言葉を発せれなかった。
その後言葉もなく立ち尽くす直也君に変わって日高君が言った言葉がこの日の解散を意味していた。
『また明後日打ち合わせがあるしそのあともう一度話をしよう。
今日はみんな、冷静になれないし、俺も少し考える時間が欲しい』
そして私はマネージャーに連れられて家に戻ったのだ。
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